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尾瀬のみどころ 尾瀬の花々 尾瀬周辺の山・瀧 他の観光スポット 食べる・買う
他の観光スポット
 オールシーズン自然とふれあえる檜枝岐。尾瀬まで行くことができない方のための『ミニ尾瀬公園』、尾瀬観光の他にも、温泉と温水スポーツ施設『アルザ尾瀬の郷』、手軽に釣りができる『イワナのつりぼり』、展望台・炊事場・休憩所を完備した『中土合公園』では、ハンゴウ炊飯などアウトドアライフも楽しめます。他にもテニスコート野球グラウンドがあります。冬には尾瀬檜枝岐温泉スキー場で、初級者から上級者まで変化に富んだゲレンデが楽しめます。

【中土合公園】

【イワナのつりぼり 】

 
ミニ尾瀬公園
 お年寄りや、時間的に余裕がない人など、尾瀬まで行くことができない方にも、尾瀬そのものが体感できる公園です。高層湿原、高山草原と2つの大きなエリアに分かれており、散策用の木道、遊歩道、川、滝、池塘が再現されています。

【山の神滝】

【高層湿原エリア】
尾瀬の写真を撮り続ける
白籏史朗 尾瀬写真美術館

 南アルプス、ヒマラヤ、尾瀬など、国内外の山岳写真を主体に、自然風物・風景を撮り続け、世界的に最も優れた写真家として、高い評価を得ています。
 尾瀬に入ったのは昭和33年、以来90回500日を数えます。尾瀬に関する出版物も発表しています。館内では、尾瀬を愛する氏の作品が展示され、魅力ある様々な尾瀬の表情をたっぷり堪能することができます。
尾瀬の自然を生涯愛し続けた理学博士
武田久吉メモリアルホール

 明治38年、小島鳥水らと日本山岳会を設立し、植物研究を主な目的とし、大小の山を訪れる傍ら、日本山岳会の創刊号に、尾瀬を初めて発表しました。一躍尾瀬は山岳会に知られることとなりました。大正11年頃の尾瀬貯水化計画、昭和23年の尾瀬ケ原巨大ダム計画に反対の声をあげ、調査報告書を提出するなど、尾瀬に対する思いは深いものがありました。
 このホールは、今は亡き氏の遺志を継ぎ、尾瀬の自然を守るために建設されました。
 
 
温泉と温水スポーツ施設
森の温泉館 アルザ尾瀬の郷    

【25m公認プール】

【燧の湯】(露天風呂)
 総合温泉スポーツ施設「アルザ尾瀬の郷」は、健康と美容を求める皆さんにぴったりです。プールゾーンには、25m公認プールをはじめ、超音波流水フローマシンを完備しています。腰痛や肩こり、成人病、肥満などでお悩みの方に効果てき面です。もちろん泳げない方、運動が苦手な方でも気軽に健康づくりが楽しめます。温泉ゾーンでは、木立に囲まれた大露天風呂、打たせ湯、寝湯、泡風呂で湯浴み三昧はいかがですか。疲労回復、つるつるお肌を体感してください。
施設のご案内
  大露天風呂・打たせ湯・泡風呂・寝湯・25m公認プール・ウォータースライダー・採暖浴・子供プール・水着サウナ・ロビー・水着ラウンジ・喫茶コーナー・休憩室
  お食事は隣接したお食事処“水芭蕉”で。裁ちそばをはじめ、バラエティーなメニューをお楽しみいただけます。
 
 
250年を越えて受け継がれてきた
檜枝岐歌舞伎

 奉納歌舞伎として行われてきた檜枝岐歌舞伎。その昔、先祖が伊勢神宮へ参拝したおり、江戸で檜舞台の歌舞伎を観劇し、見よう見まねで村に伝えたのがはじまりです。以来250年以上に渡り、父から子、子から孫への継承されてきました。檜枝岐歌舞伎には、江戸の華であった歌舞伎そのものの姿、浄瑠璃が息づいています。(重要無形民俗文化財)
●毎年5月12日、8月18日、9月第1土曜日に上演
 
 
歌舞伎の一場面を再現
袖萩とお君の像

 檜枝岐歌舞伎の代表的な作品【奥州安達ヶ原袖萩祭文の段】のワンシーンを再現した像です。袖萩とお君の母子の像は、歌舞伎舞台へと続く小道の中ほど、「橋場のばんば」のとなりに建てられています。
 
 
何でも聞いてくれる水神様
橋場のばんば

 子供を水難から守ってくれる水神様ですが、縁結び、縁切りの神様としても信仰を集めています。悪縁を切りたいときは、新しいハサミを、良縁で切りたくないときは、錆びたハサミを供えます。ばんばの頭の上にお椀のフタをかぶせると、どんな願いでもかなえてくれるといわれています。
 
 
檜枝岐を訪れたら、まずこちらへ
歴史民俗資料館

 尾瀬、檜枝岐の歴史をまとめて紹介しています。1階には、尾瀬の動植物と檜枝岐歌舞伎の衣装、資料を展示。2階は檜枝岐の生活用具や林産用具、漁具などが展示され、先人たちの暮らしの知恵を偲ぶことができます。
 
 
尾瀬の地名、由来の人物
尾瀬大納言像(中土合公園)

 尾瀬大納言は、尾瀬の地名由来となった人物です。尾瀬沼は古くは、長沼、または鷲沼とも呼ばれていましたが、平家追討の合戦で敗れた尾瀬大納言が、尾瀬に落ちのび永住したことにより尾瀬沼と呼ばれるようになったと伝えられています。
 
 
正倉院と同じ建築様式
板 倉

 板倉は、火事から大切な穀物を守るために、家から離れた畑の中に建てられた穀物庫です。厚さ10センチほどの板を、セイロウのように組み合わせる工法で、窓はなく、釘など金具はいっさい使用されていません。この建築様式は奈良の正倉院と同じで、建築史上重要な文化財です。
 
 
今は昔、貧しかった時代の物語
六地蔵

 この稚児像は、山深い里ゆえの悲惨な出来事を今に伝えるものです。昔から冷害に悩まされることが多かったこの地では、凶作の年には餓死者がでるほどでした。そのため、働けぬ赤ん坊が「間引き」されることも…。この六地蔵はその霊を弔い、母親の嘆きを慰めるために建立されました。